2014年男子日本代表インタビュー・(24)大久保宜浩HC「REAL」

2014/07/04

デンバーで開催される男子世界大会がもうすぐ幕を開ける。メダルが期待される日本代表だが、指揮官は開幕直前に何を思うのか?2大会連続で日本代表の指揮を執る大久保宜浩ヘッドコーチがその胸中を明かした。

日本代表1
 
 自信と思い込みのハザマで
寺本:4年に1度開かれる世界への扉がまもなく開かれます。世界大会に向けた調整はイメージ通りできましたか?

大久保:まず最初に言っておかなければならないのは、前回4位という結果から、周囲の雰囲気的にも今回はもっといけるんじゃないか…と思い込んでいたら、とんでもないことになると思っています。弱気になっている訳ではなく、世界の中の日本の位置を正確に知って、大会に臨むということが重要だと思っています。

寺本:前大会の結果が4位であっても、現実はそうではないということですね。

大久保:そうです。日本は世界で4番目に強いという立ち位置にはいないということを自覚して戦わないといけません。そのあたりの覚悟感を選手は気づいているようで気づいていない。実際はもう少しできると思っている。選手の自信と思い込みの微妙なバランスがチームとしての成績を大きく左右することになると思います。

大久保ヘッドコーチ

寺本:前大会、日本は「攻守一体のラクロス」で世界に立ち向かいましたが、この4年間で一番蓄積できたものは何ですか? また、日本のラクロスを表現するための、新たなチャレンジや何か意識の変化はありましたか?

大久保:根本的な戦い方は変えていません。2010年は「攻守一体のラクロス」で世界に通用するかを試した大会で、今大会では、その質をいかに上げることができるかということにチャレンジしてきました。相手と完全に向かいあったら不利になるので、攻守の隙間での勝負の質を上げることです。

寺本:相手が攻める前、相手が守る前に勝負をかけるということですね。体のサイズが完全に違うわけですから、構えられると太刀打ちするのは難しいですからね。

大久保:見た目はそう変わらないサイズであっても、体の中の筋肉の質が全然違います。変な例えになりますが、チンパンジーがゴリラと戦っているようなものです。だからこそ、勝負をするポイントを明確にするのです。より良い状態でボールを受けて、高い展開力と判断力を維持し、相手がプレイする前にコンマ何秒でも早く次のプレイに入ることにより、相手より有利になるということを選手には伝え続けています。具体性が低く、はっきりとしたプレイ提示はできないこともあり、うまくイメージできない選手もいました。

2010年大会12010年大会2

寺本:現状はどうですか? 「攻守一体のラクロス」の更なる進化に手ごたえを感じていますか?

大久保:2011年からの2年間はまだ多くの選手が上手くイメージができていなかったと思います。2013年の国際親善試合の1週間前にU22代表に負けたあたりから選手が気付き始めて、今年3月のオーストラリア戦の後に、どうやったら質を上げることができるかという意識が選手に浸透し始めました。タイミング的にはかなり遅すぎますが、選手自身で気付いたことは大きいです。しかし、まだ試合の中でコンスタントにパフォーマンスできるレベルには仕上がっていません。ドレクセル大学戦(国際親善試合)と現地での調整試合でどの程度上げていけるかですね。

 
 本物の立ち位置
寺本:それでも、未完成な部分があることを承知した上でも、今大会ではアメリカ、カナダに続く3番目の位置を狙っていますよね?

大久保:3位を目標に掲げることは勿論です。そこが現状で狙える一番高い位置だからです。しかし、日本代表がメダルを獲得しにいくと言い切れるかというと、そんなのは、まだ100年早いと言いたいです。日本はまだ、アメリカ、カナダを除く、オーストラリア、イングランド、イラコイといった国々と同じステージに立っているとは思ってはいません。成績的には同じステージに並んでいるよう見えますが、実際はまだそのひとつ下のステージにいると思っています。

日本代表2

寺本:では、日本がどう成長すれば、本物のブルーディビジョンの一国となってメダルを取れるのでしょう?

大久保:なんか、まだ“にわか”なんです。厳しい言い方をすると、今の日本代表の位置が偽物ということです。本物の立ち位置を見分けて、そして、ブルーディビジョンでの戦いの中で、ちゃんと自分たちの武器を自覚し自信を持つことです。そして、その日本の武器でブルーディビジョンの国々に挑んで3位決定戦に進めた時に、はじめてメダルを取ろうって言えるんじゃないかと思います。

寺本:全く浮揚感などなく、世界と戦う不屈の決意を感じます。しかし、選手にとっては、本物の日本の立ち位置を言葉では理解できても、実際に理解するのは簡単なことじゃない気がします。

大久保:もちろん、選手が目標としてメダルを狙うということは当たり前のことですが、本物の自分達を見て欲しい。特に2010年の大会に出場した選手たちは自覚して欲しい。実際、成績を見れば、オーストラリアには1回勝っただけで、イングランドにもオーバータイムで負けているし、イラコイとも戦っていない。ましてや、ドイツやオランダには苦戦を強いられています。そして、そのオーストラリアに勝ったということは、10回戦って1回勝てる確率のその1回だと思うぐらいじゃないといけない。だから総じて2010年の結果をステイタスにしてはいけないのです。

2010年大会32010年大会4

寺本:今大会の対戦国に関してですが、より攻撃力を増している国が多いのでしょうか?

大久保:この2010年から2014年までの4年間が、世界的に見て過去最もラクロスが進化している4年間だと思います。その中で日本も進化をしているとは言え、他国の進化のスピードよりも優っているわけではない。言い方を変えれば、日本に於けるこの4年間というのは、過去の4年間の中でも、一番進化が難しかった4年間で、日本は伸び悩む時期にいるとも言えます。

寺本:成功した大会の後というのは、更なる進化が難しいと思います。しかし、そういう時期だからこそ、指揮官として冷静な立ち位置で日本を見つめながらも世界に挑まなければいけません。

大久保:そう、本当にそこは一番難しいところです。自分も指導者としてのスキルアップを常に意識をしていますが、前大会のメンバーが多く残る中、いかに同窓会的な意識を持たせず、新しい選手や、新しいコーチ陣を向かえ、今まで培ったものをブラッシュアップしていく時に、どこまで残したらいいのか・・・ でも残しすぎたら次に進まないしと思い悩むこともありました。そういうバランス感覚というのは本当に難しいです。

寺本:大会でのピーキングはどこに合わせていますか? やはり初戦でしょうか?

大久保:まずは頭ふたつ、初戦のオーストラリア戦と2戦目のイラコイ戦ですね。今大会のオーストラリアは前大会よりもはるかにチームとして完成されていて、簡単にゲームコントロールはさせてもらえないと思います。イラコイに関しては攻撃力はあるけど、波があるチームなので付け入る隙はある。この2戦を最低でも1勝1敗で抜けないと、3戦目以降の戦いが厳しくなります。

フィジカルトレーニング

寺本:高地という特殊な環境での連戦です。フィジカルを制するものが勝つ大会でもあると思いますが、選手のコンディションはどうですか?

大久保:前大会で経験を積んだ高橋ストレングスコーチが続投していることが大きく、フィジカルはそのまま継続して上がってきていますが、読めない要素が強い環境なので、国内で決め付けた考えを持たずに調整していきます。現地では大会前のテストマッチとして、スコットランドや地元の高校生チームと試合をするので、それらを通して試合後の疲れ具合だとか、高地での順応具合を見極めながらコンディショニングを仕上げていく予定です。

 
 助けない
寺本:世界の強豪国と対戦するときには、勝者のメンタリティが必要となってきます。日本代表としてメンタリティの強化はどう取り組んでいますか?

大久保:キーワードとして、「助けない」ということをスタッフには言い続けています。特に大会が近づくに連れて選手はスペシャルな状態になってしまう傾向があるので、特に助けないようにするように、普段通りにするという事ですね。

寺本:世界大会に特別感を持たせないということですね。

大久保:世界大会を特別なものと捉えると、特別なことをしなきゃいけないと思ってしまうようになります。世界大会の1試合であっても、国内での試合と同じように準備して、同じように試合に入ることが大切です。世界大会だからといって特別な戦い方をする訳ではなく、普段の戦い方をする訳だから、特別なことは何もしないというスタンスです。だから、選手が何かしたいなら自分でする。スタッフは助けない。選手に自分でやらせろと・・・ そういう、「自分でする」という強さが日本代表には足りないと思っています。

日本代表

寺本:日本人は誰かが解決してくれることに慣れてしまっていますからね。自分がしたいなら自分でする。自分に問題が起こったら、自分で解決する。そういった行動基準を浸透できれば、メンタリティの強化に繋がりますね。

大久保:メンタルが強いとか性格的な話をするのはあまり意味がないと思っています。単純に勝つことで得る自信がメンタリティに直結するものだと思いますし、勝つこと以外でも、プレイの精度やパスキャッチひとつにとっても自信の積み重ねが大事なのです。アメリカやカナダの選手が特別にメンタリティが強いかといえばそうではなくて、彼らは単純に自分の技術や経験に自信を持っているから強く戦うことができているわけです。

寺本:だから、選手の個としての強さを育成するには、選手が「自分でする」という強さがベースになるのですね。自分の位置を自分で作って自信をもってプレイできるか・・・ まさに人生そのものです。

大久保:人に何かをしてもらわなくちゃ強くなれないという選手はチームには不要です。戦術に関しても同様です。オフェンスやディフェンスに関して、プレイの提示はするけど、それが選手にとっても自分で導き出した答えであって欲しいのです。ほんとに真剣に考えれば、その答えは選手自身で導き出せるのです。人から教わった答えだけでは強くはなれないし、そういうメンタリティで戦わないと世界では勝てないし、本当の意味での自信はつかないので。

 
 非日常を日常に
寺本:こうやって自分の位置だとか、自信とは何かという話をしていると、なんか世界の当たり前がよく見えてくる感じがします。

大久保:結局、世界大会での戦いが日本の選手にとって非日常すぎるわけです。アウェイ中のアウェイ、パラレルワールドのようなものです。日本で行われている学生リーグ戦やクラブチームリーグ戦の中身が、世界大会とは全く違うものになっています。非常に難しい事ですが、世界大会での戦いを普段の日常のリーグ戦で実践できないと世界との差は中々縮まりません。

寺本:では、最後に今大会はどういった大会になると思いますか?

大久保:世界の中での日本の「リアル」が見えるでしょう。その立ち位置を理解して勝負をすることが、本当に「日本」というものを武器にできることだとだと思うし、それをポジティブなものにしたいし、そのポジティブな姿勢を世界に見せつけたいと思っています。チームとしての勝負も勿論ですが、選手、スタッフ個々が本当の勝負をしてもらいたい。誰のためでもなく自分のために。それが日本のリアルだからです。
 皆が自信と覚悟を持って勝負をした時、本当に世界の強豪国に脅威を与え、これが「日本」の凄さなんだと世界に感じさせることができると信じています。

寺本:日本を武器にするために未来を照らす大会になることを期待しています。

男子日本代表コーチ陣


Interview by:日本ラクロス協会事務局次長(関西地区)・寺本香
Photo by:日本ラクロス協会オフィシャルフォトグラファー・海藤秀満、同広報部・大木佳奈