【日本ラクロスの四半世紀・第3回】 1987年・日本ラクロス協会の設立
2012/02/29
1987年(昭和62年) |
3月 |
日本ラクロス協会設立の機運が高まる。 設立作業にあたっては、理事長に就任頂くこととなるノリオ・エンドー氏、また幹部を務めて頂くこととなる延滋男氏、木村博氏、猪谷千春氏、ジョー・ディエリー氏、ケンドール・ノッティンガム氏、スティーブ・グレーソン氏、等による多大な協力がなされた。 |
4月 | 慶應義塾大学の学生たちが、各大学の学生にチーム結成の呼びかけを始める。 |
5月 | 国際スポーツフェア(東京・代々木)に参加し、新スポーツ「ラクロス」のPRを行う。 |
6月 | 日本ラクロス協会設立パーティーを開催(4日、帝国ホテル) |
7月 |
ドン・ジマーマンキャンプ[*]が開催される(東京) *全米優勝チームのコーチとして活躍していたドン・ジマーマン氏らによる2週間のトレーニングプログラム このキャンプには、東京女子体育大学の学生も参加し、女子選手として初めて本格的なコーチングを受ける。 |
この時、米・ジョンズホプキンス大学から、ドン・ジマーマン氏と選手4名[*]が来日した。 *スティーブン・ミッチェル氏、ブライアン・ウッド氏、スチュアート・ジョーンズ氏、クレイグ・ブービエ氏 4名の選手は、慶應義塾大学の部員の自宅にホームステイを行い、日常生活も含めた文化交流と友人関係が培われた。 |
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10月 |
日本初のラクロス試合を行う(25日、在日米軍横田基地ボンクフィールド、男子戦) 試合は、慶應義塾大学とアメリカンラクロスクラブ(在日アメリカ人連合チーム)によるもので、慶應義塾大学は2-13で敗れた。 |
ラクロス日本普及活動の礎 |
これは、日本のラクロスの立ち上げに大きな役割を果たしていたノリオ・エンドー氏とロス・ジョーンズ氏(ジョンズホプキンス大学・副総長 *当時)の以下の考えによるものであった。
『貿易摩擦などの問題を抱える今日の世界において、大人になってから外国とのビジネス抜きの人間関係を構築することは困難なことである。
利害関係のない学生時代にスポーツを通じた友人関係を少しでも多くつくることが、20年・30年後の国際社会の中に摩擦や対立のない環境をうち立てることになる』
この考えに基づく『長期的に、草の根レベルから友人ができる環境を作る』という目標は、当時は完全なアマチュアスポーツであったラクロスを日本に普及させることで達成できるのではないかと考え、ジョンズホプキンス大学のラクロス日本普及協力活動は積極的に行われたのである。
(なお、この年の訪日には、米・ライシャワー財団の文化交流基金からも拠出がなされている)
上記の考えは日本ラクロス協会設立主旨の一つともなり、協会理念に「Lacrosse Makes Friends」が盛り込まれることとなる。
[ラクロス日本普及活動を積極的にサポートして頂いたノリオ・エンドー初代理事長(左)とロス・ジョーンズ氏(右)]
[左:トレーニングプログラムを実施したドン・ジマーマン氏/右:歓談会をはじめ様々な交流の場を設ける日本の学生たち]
[左:国際スポーツフェアに参加した学生たち/右:勧誘活動で実施したラクロスのデモンストレーション]
日本初のラクロス試合 |
[左:試合に臨む学生たち/右:敗れはしたが、選手たちにとって初めて試合をできた喜びは大きかった]
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