【日本ラクロスの四半世紀・第2回】 1986年・日本ラクロスの第一歩

2012/02/22

1900年前後から、ラクロスを日本に根付かせようとする試みは幾度か行われましたが、目的を達することはできませんでした。

明治時代以降、北米からの伝道師・教師たちが日本の大学にラクロスの導入を試みています。
また、1960年代後半には、アパレルメーカー・ヴァンヂャケット社(VAN Jacket inc.)にラクロスクラブが設立されましたが、長く続くことはありませんでした。
1970年代初頭には、アメリカ女子チームが来日し、明治神宮外苑でエキシビションゲームを行っていますが、日本にラクロスを根付かせるきっかけにはなりませんでした。

日本におけるラクロスの始まりは、1980年代の慶應義塾高校・慶應義塾大学での息吹を待つことになります。


 1986年(昭和61年)
1984年 慶應義塾高校の学生が、『Men's CLUB(1984年2月号)』に掲載されていた記事等でラクロスを知り興味を持つ。
1986年  
3月 高校を卒業し、慶應義塾大学新1年生となる学生たちが駐日アメリカ大使館に問合せをする。
4月 ノリオ・エンドー氏らの協力によって、慶應義塾大学にラクロスチーム(男子)が誕生。
エンドー氏からスティック数本と基礎練習入門ビデオを受け取り、手探りで活動に向けた準備を進める。
5月 17日午後1時。慶應義塾大学(男子)が、神奈川・多摩川河川敷にある丸子橋グラウンド付近にて、最初の練習を行う。
8月 ボブ・スコット氏(米・ジョンズホプキンス大学体育部長 *当時)が来日。
スティック約10本を受け取り、初めて本場ラクロスで行われている練習に沿った指導を受ける。
 *ボブ・スコット氏…ジョンズホプキンス大学を、7度の全米選手権優勝に導いたヘッドコーチ。
はるばるアメリカから来日し、初心者である日本の学生たちとともに練習に参加して、熱心に指導を行うボブ・スコット氏の姿は、日本の学生たちの心の中にラクロスへの情熱と真のボランティア精神をかきたてました。


 日本にラクロスの種を蒔く
ラクロスを始めた学生たちスタート時から協力頂いたノリオ・エンドー氏
[左:ラクロスを始めた学生たち/右:スタート時から協力頂いたノリオ・エンドー氏(中央)]

ボブ・スコット氏初練習の地・丸子橋グラウンド付近
[左:日本の学生たちに熱心に指導を行ったボブ・スコット氏/右:初練習が行われた丸子橋グラウンド付近]


『第3回 1987年・日本ラクロス協会の設立』 へ続く

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